これなら、こんぴら参りは安心です!江戸時代に活躍したのは”こんぴら狗”、そして現代では?アメリカ海兵隊が現在開発中、すでに実用段階の"Alpha Dog"でしょう/思ったよりもコシがない!?うどん県で本場の讃岐うどんを朝から2杯 - Today→Tomorrow

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12/25/2012

これなら、こんぴら参りは安心です!江戸時代に活躍したのは”こんぴら狗”、そして現代では?アメリカ海兵隊が現在開発中、すでに実用段階の"Alpha Dog"でしょう/思ったよりもコシがない!?うどん県で本場の讃岐うどんを朝から2杯

ひたすら階段を上る、、、そしてまた階段。
毎朝のジョギングの後、25階まで階段を使って上っている成果を実感したのは、コレ


朝から散歩。まずはこの建物、
 一見普通の建物ですが、
 菊池寛の生家がこの場所にありました。ちなみにこの石碑の前の通りは、その名も”菊池寛通り”です。
菊池寛 - Wikipediaja.wikipedia.org/wiki/菊池寛共有1919年(大正8年)の写真、一番左が寛で、隣が芥川龍之介. 菊池 寛(きくち かん、1888年(明治21年)12月26日 - 1948年(昭和23年)3月6日)は、小説家、劇作家、ジャーナリスト。文藝春秋社を創設した実業家でもある。本名は菊池 寛(きくち ひろし)。


 菊池寛の生家跡地からすぐの場所にあるのが、香川県庁。立派な建物です。
 県庁の横を歩いていて見つけた、美しい赤い実がついた街路樹。
 花屋の現場を離れて、1年以上たち、もはやこの木の名前すら思い出せません。
 そしてオリーブ。
 たくさん実がついていて、驚きました。オリーブは同一のDNAをもつ花粉では、受粉しないため、2本以上の木があって、はじめて受粉し、実をつけます。
そう言えば香川県はオリーブの産地でした。香川県小豆島で1910年ごろ初めて栽培に成功しています。
ちなみにオリーブの実は、生で食べては絶対にダメ!ひとかじりでも、口の中に強烈な渋みが残り、痺れを生じて、数時間は味覚が麻痺します。

香川県と言えば、”うどん県”。朝からうどんを食べに行きました。
 高松中心部にあり、朝から営業しているお店をネットでチェック。まずは、”さか枝”で初めて本場の讃岐うどんを食べます。

さか枝 さかえだ - 栗林公園/うどん [食べログ]tabelog.com/kagawa/A3701/A370101/37000026/共有 評価: 3.6 - レビュー 179 件 - 価格帯: ~¥999
さか枝』(高松市番町5-2-23)で、ざるうどん(中)[220]を頂く. 昨夜、香川県庁近くで見つけた『さか枝』さん。『竹清』さんからもすぐ近くにあり、有名店が競い合っていることを感じる。場所柄なのであろうか、コインパーキングはたくさんあるのだが、どこも満車ばかりで ...

まるでよその国にいるような感じで、恐る恐る注文。
 私の前に注文した人の様子を見てから、注文しました。まず始めに覚えたことは、讃岐うどん店では汁を”ダシ”と呼ぶこと。初歩的なことですが、これを知らなければ話になりません。そしてダシは自分で入れること等々。揚げ物の種類も豊富。
 かけうどんと揚げ物2点で400円以内。これぞ、ジャパニーズファストフード!「オタワにも、このようなレストランがあったらなぁ」と適わぬ夢をつい思い浮かべました。
ホテルに戻り、チェックアウト。高松の町を通り過ぎて、東へドライブ。
 次に訪れたのは、さぬきうどんガイドでも上位にランキングされているお店”山越うどん”。
山越うどん 公式HPwww.yamagoeudon.com/共有清流、綾川のほとりでうどんを作り続けて60年あまり・・・・・ 先々代よりの技法を受け継ぎ、毎日同じうどんを提供する難しさを肌で感じながらまじめにこつこつ営業しております。 平成3年【製麺所ブーム】よりメディアに取り上げられるようになり、お客様の喜ぶ姿を ...


山越うどん やまごえうどん - 綾川町その他/うどん [食べログ]tabelog.com/kagawa/A3702/A370202/37000080/共有 評価: 3.6 - レビュー 487 件 - 価格帯: ~¥999
山越うどん/やまごえうどん (綾川町その他/うどん)の店舗情報は食べログでチェック!口コミや評価、写真など、ユーザーによるリアルな情報が満載です!地図や料理メニューなどの詳細情報も充実。
店内の様子
 おばちゃんたちが手際よく、注文をこなしています。
 このお店のダシは、やはり美味しい。
 そしてこれが本日2食目の讃岐うどん。形格好は同じでも、うどんの歯ごたえ、ダシが店それぞれ違います。
 テーブルとベンチは屋外にあります。

東京にも最近、セルフうどん店が軒並み出店。よく利用をしていましたが、本場のうどん専門店と比べると、ダシに確かな差を感じました。

うどん屋さんを出発し、近くの琴平へ移動。

 レトロ館のようなJR琴平駅
 すでに門松が飾られていました。
 駅構内の様子
 駅前の道路を、少し進むと右手に公園があり、お寺かと思いきや、
 日本で一番背の高い灯篭でした。高さは28mもあり、建てられたのはなんと1860年。
 この公園の隣には、ことでんの琴平駅があります。
 ちょうど列車が待機していました。
 車を停めて、琴平の町を散策。
古い歴史のある風情豊かな町並みです。

 時間は朝10時くらい。まだ観光客があまりいません。

 商家の屋根を見ると、
 かなり厳重なセキュリティー。当時の面影を残す建物があちこちにありました。

古き良き文化の町ことひら|琴平町観光協会www.kotohirakankou.jp/共有観光会館、温泉郷の紹介やイベント案内。

やがて正面に階段が見えてきました。
 階段を上ると、狭い通路の左右にお土産屋が連なります。
 そしてまた階段、上って、また階段。階段の連続です。
 お店が開店し始めます。
 自動販売機も景観にあわせて、木目調。
 さらにお店が続きます。
 昔ながらのお店ばかり、観光地によく見かけるキティーちゃんのお店や梅宮辰夫のお店はありませんでした。
 そしてまた階段。鳥居がありました。この階段は全国的に有名な”こんぴらさん”へ続く参道です。
 途中、休憩のできるスポットもあります。
 奥にいる銅像は、琴陵宥常(ことおか ひろつね)氏。

明治19年のノルマントン号事故を機に水難救済の必要性を痛感した 金刀比羅宮宮司でした。

日本水難救済会の歴史|日本水難救済会www.mrj.or.jp/history/index.html共有明治19年のノルマントン号事故を機に水難救済の必要性を痛感した金刀比羅宮宮司、琴陵宥常(ことおか ひろつね)氏。 明治19年(1886)10月、イギリスの貨物船「ノルマントン号」が紀州大島沖で座礁沈没しました。この時、イギリス人乗組員は全員脱出して ...
この銅像の横には、掃海殉職者顕彰碑があります。
戦後、瀬戸内海での機雷掃海作業中に亡くなった殉職者の顕彰碑。戦争が終わっても、機雷除去という後処理のため79名の尊い命が失われました。
機雷掃海(航路啓開)部隊www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-soukai.htm共有させており明らかな国際法違反であることから、機雷掃海作業について厳しい報道管制しいたためである。 金刀比羅宮. 香川県中多度郡琴平町. 掃海殉職者顕彰碑. 碑文. 第二次大戦中、瀬戸内海及び日本近海には六万七千余個に及ぶ各種機雷が敷設され、 ...

階段をひたすら上って、やっと金刀比羅宮の大門に到着。
 やっと着いたか、、、と思いきや。
 そこから先が緩やかな坂道
 左右にはたくさんの燈篭が並んでいます。
 道を進んで左側に、馬小屋があります。
 こちらが神馬と書いて”シンメ”と読みます。右の黒い馬の名は、トウカイ・スタント号。母親はトウカイ・ジュノー。父親は、優勝馬ホリスキー。このような馬名は、どうしても後楽園ホール前にいる赤鉛筆と新聞を片手に昼間から酒を飲んでいるおっさんたちを思い浮かべてしまいます。
 この馬小屋の前には、巨大なスクリュー。これも奉納品です。
 ちなみに裏はこんな感じ。
 そしてアフリカ像?こんぴらさんの別名は”象頭山”。遠くから見ると山全体が象が横たわったように見えるとか、、、、。その理由で象を奉納?
 再び、階段。
 階段を上りきり、右に行くと、
 書院。有料で中に入れます。今回はパス。
書院のようすを紹介しているブログがありました。

デジカメ散歩日記:金比羅まいり4 裏参道で下りましたkannnon.blog11.fc2.com/blog-entry-403.html共有金比羅まいり4 裏参道で下りました. CAFE神椿で おいしいカレーを食べて元気いっぱい おなかも満足さぁ 今度はくだりです神椿は 500段目です 緩やかな石段を降りたところに書院があります 書院 ここは登りの時は チラッと横目で見ただけでしたので 門を ...
左へ行くと、
 広いスペースがあり、
 眼下に山並みと遠くに町並みが望めます。
 そして、再び、階段。
 そして階段。
 途中にまた銅像がありました。
金刀比羅宮www.konpira.or.jp/about/map/guide/index-2010.html共有2010/07/11 – 鎮火・消防の神、疫病を防ぎ止める神といわれています。 祓戸社前銅馬, 祓戸社の東側に祓戸社前銅馬があります。萬野汽船株式会社の創業者である萬野裕昭氏から献納されたものです。 628段, 旭社, 旭社は帰路で参拝しますので、後述し ... 
階段を上りきり、札を売る売店。

 その前にある旭舎。あまりにも立派なので、これが本堂かと思いました。

 さらに階段が続きます。
 途中にも小さな神社が点在。
 そして現れた急な階段
 さすがにこれは辛い。


 階段を上りきった場所にあったのが、本堂です。ここまでの階段数は785段とのこと。
ここまで来る途中、ある老夫婦が一生懸命階段を登っていました。おばあちゃんはおじいちゃんに手を引かれながら、大きな声で「もう帰ろう、しんどい、もう帰ろう」と。おじいちゃんは「あと少しやから、頑張ろう」と。微笑ましい老夫婦がいた場所は、とても「あと少し」とは思えないほどの階下。

あの老夫婦が無事にここまで来れることを、そっと心の中で祈りました。
 最上階には、いろいろな見所があります。
鮮やかな色彩が美しいこれは、なんでしょうか?神楽殿にあります。
 こちらは縁結びの神がいる三穂津姫社
 そして絵馬殿
 この絵馬殿がとくに印象深い。船の写真がたくさん飾られています。
 そして真ん中には、実物の船が奉納されています。世界初のアルミ缶リサイクルソーラーボート・モルツマーメイド号です。

堀江謙一 - Wikipediaja.wikipedia.org/wiki/堀江謙一共有1962年、小型ヨット「マーメイド号」による西宮-サンフランシスコ間の太平洋単独横断航海に成功。当時はヨット ... 尚、エクアドル政府は1996年の航海の成功を讃え、1997年にガラパゴス諸島にある島と岬に「堀江謙一船長岬」、「モルツマーメイド島」と命名した。
初詣の準備でしょうか。
 最上段まで来た人にのみ見ることができるパノラマ展望


 そして今度は長い下り階段。
 ひたすら下る、その途中、
出た!
観光地にありがちなヘンテコなもの。旅には、このようなものを発見する喜びがつきもの。
 これは”こんぴら狗”と言われた犬の銅像。
江戸時代の庶民は旅をするのも許可が必要な時代。こんぴら参りをするのも、たいへんな時代でした。
そこで活躍したのが、代参と呼ばれる旅慣れした人たち。地方にすむ参拝希望者に代わって、こんぴら参りをします。代参は人間だけが行うものではありません。ときには犬が代参として参拝することもありました。「こんぴら参り」と書かれた袋を首に提げ、木札と初穂料、そしてエサ代を運びます。
そのような犬は、いつしか”こんぴら狗”と呼ばれるようになりました。

「自分の代わりに何かやってくれる犬がほしい」と思うのは私だけではありませんでした。なんと米軍で人間の代わりに荷物を運ぶロボット犬 Alpha Dog を開発しているというニュースをキャッチ。まずは動画を、、。

試作段階では、180kgの荷物を一回の充電で32km運べるそうです。


Roll over! The amazing moment a giant robotic dog falls ... - Daily Mail

www.dailymail.co.uk/sciencetech/ar... - このページを訳す


どんどん下ります
 「しあわせさん、こんぴらさん」???
 どんどん下ります。
 やっと下界に下りてきました。
 そして、ふと川を見ると、なにやら見慣れたものが、、、
 日本にもCovered Bridgeがあるとは、、、

こんぴらさんのその他の写真>> https://picasaweb.google.com/109343164122809862992/20121225konpira


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