自爆テロを身近に感じる散歩!ヘブライ語表記なので気が付かなかったが、街のあちこちに慰霊碑が立つ/服を着たまま海水浴!ちょっと雰囲気の違う正統派専用のビーチ/日本人には普通の団地に見えると思う!ユネスコ世界遺産にも登録された「白い街」/多民族国家カナダとのギャップ!イスラエルに来ると日本人はものすごく「外人」扱いされる。僕はヘブライ語を全く読めないので、ものすごく「外国」にも感じる・・・とくに飲食店のメニュが読めないのが辛い/ - Today→Tomorrow

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7/23/2013

自爆テロを身近に感じる散歩!ヘブライ語表記なので気が付かなかったが、街のあちこちに慰霊碑が立つ/服を着たまま海水浴!ちょっと雰囲気の違う正統派専用のビーチ/日本人には普通の団地に見えると思う!ユネスコ世界遺産にも登録された「白い街」/多民族国家カナダとのギャップ!イスラエルに来ると日本人はものすごく「外人」扱いされる。僕はヘブライ語を全く読めないので、ものすごく「外国」にも感じる・・・とくに飲食店のメニュが読めないのが辛い/

街を歩いていて、たまに見かけるモニュメント。ヘブライ語のみの表記なので外国人には読めないが、キャンドルがあるのでなんとなくコレが何を意味するのかは推測できる。
朝のジョギングで見たカラス?白いスカーフを巻いているように見える。
今日も砂浜沿いをジョギング。
朝からパドルサーフィンを楽しむ子供
今日は昨日とは反対方向の北へ向かって走る。
テルアビブの海岸線には、大小様々なビーチがある。
砂浜近くにぽつんと置かれた牽引車。
子供向けの本が置かれている。さすがユダヤ人の国、教育熱心だ。
木のテラスなので、足にやさしい。
海釣りをしている人をたくさん見かけた。
テルアビブ港を通過。
この港は1960年代まで閉鎖されていたが、近年、ショッピングエリアとして再開発された地区。
入江の堤防の上にも
海釣りを楽しむ人達がいる。
うねるテラスなので、ちょっと疲れる。
ハ・ヤルコン川の河口に到着。向こうに火力発電所が見える。
ここから川沿いを東に進む。
右手のテナント倉庫で
大量のバラを見かけた。それにしても数が半端ではない。ここだけでなく街のあちこちで切花を見かける。
ハ・ヤルコン川を渡る橋。
入り口に昔の写真がある。ラクダの写真を見て、ここが中東だということを改めて思い出す。
このあたりは、かなり大きなショッピングモールらしい。
ハ・ヤルコン川
カヤックを楽しむ人たち。
芝生の上に見たこともない鳥。
さきほどから頭上にヘリコプターが飛ぶ音が途切れない。北側へ飛んでいった。
川沿いはサイクリング・ロードがある。
右手はショッピングモール。
モール内で宇宙ロケットを見かけたので、近づくと、
宇宙のアトラクションだった。
このモールでasicsのお店を発見。日本人として日系企業を見つけることは嬉しい。
のぞきをしている男の子の壁画のある建物は、
公衆トイレだ。
先ほどの移動図書館で本を探す子ども。
頭上を何機もヘリコプターが通過。先ほどと違って音が大きい。アップして見ると、攻撃ヘリの隊列だった。これは世界最強と言われるアパッチ型攻撃ヘリ。しかも、アパッチの中でも最新設備を搭載したアパッチ・ロングボウだ。回転ローターの上にあるのが、ロングボウ・レーダー。空中の対象物なら360°、地上の対象物なら270°の範囲を索敵し、優先度が高い攻撃対象16個を自動的に補足して攻撃することができる。こんな大きな都市の真上を、こんな凄まじい破壊力を持つ攻撃ヘリが低空で通過するとは・・・・。
壁に囲まれたビーチを通過。
ここが入り口。出てきたのは、この暑い日差しの中をしっかり着込んだ女性。
海岸も柵で囲まれている。
柵の中は、通常のビーチの光景とは明らかに違う雰囲気。
服を着たまま、海水浴を楽しんいる。ここはユダヤ教の中でも正統派といわれる人たちのビーチだった。
すぐとなりは、どこでも見ることができる普通のビーチ。
カフェの柵の上に
赤い千日紅の花が咲いていた。
サボテンもよく見かける。
可愛いサボテンの赤ちゃんが誕生していた。
これは北米では見ることのなかった日本の軽自動車。イスラエルならこのサイズがちょうどいいかも。
Gordon St.を走っていると、
なんと馬車を見つけた。観光用には見えない。なぜここにいるのか?
ホテルに戻り、朝食をとる。今日も同じメニュ。ただし僕は、同じメニューを食べ続けても苦にならない性格なので、問題なし。
洗濯物を持って通りに出ると、バスが停車。なんとなく様子がおかしい。
おじいさんと接触したようだ。幸い、大事には至らなかったように見える。
間も無くすると、救急車が到着。とにかくイスラエルの車は運転が荒い。
久しぶりにコインランドリーを利用。なぜホテルでの洗濯は、洗濯業者に洗濯物を出すのが普通らしいが、とりあえず僕は自分で洗う。
過去にコインランドリーで洗濯物をしたのは、いつだろうか。なんとなく自分が学生に戻ったように感じて楽しい。
ただしコインは1シュケルと5シュケルコインしか使えないので、コインを持っていく必要がある。ちなみに乾燥機は1シュケル(30円弱)で2分間利用できる。
洗濯のあと、銀行に行き、口座を開設。手続きは英語なので、助かった!サインをするところが多くて驚いたが、このあと、もっと驚いたことに・・・・。カナダからカナダドルを持ってきたのだが、この100カナダドルは最新のお札。イスラエルの銀行では、まだ対応していないらしい。結局、この日は入金できず、後日、改めて対応してくれるとのこと。
銀行のスタッフが透明フィルム部分を興味深そうに見ていたので、自慢げに「カエデの部分を擦って、匂いを嗅いでみて」と進言。「なんとなくメープルシロップの匂いがするでしょう」と言うと、スタッフは「確かにシロップの匂いがする」と・・・・。しばらく匂いを嗅いでいました。
これがゴシップなのか、実際にカナダ造幣局がメープルフレーバーにしているのかは不明です。

銀行の後、テルアビブ市庁舎の交差点で、
木製自転車に乗る女性を見つけた。
これがテルアビブ市庁舎。現在、ラビン広場と名付けられた広場にそれはある。
市庁舎前の大きな階段は現在、閉鎖中。
ハートマークが付いていた。
 ここが市庁舎の入り口前。空港で見るとの同じ金属探知機で厳重に警備。 
 その先には、モニュメントがある。
 歩道と階段を遮る形で作られたモニュメント。一見、邪魔だと思うが・・・
 1995年11月4日、平和式典に参加をするため車から降りて、この奥の階段を登る途中で、
 当時のイスラエル首相でノーベル平和賞受賞者のラビン首相が和平反対派のユダヤ教青年によって銃撃され、その日のうちに死亡した。
市庁舎のあるラビン広場から正面の道を進む。
たくさんの犬を連れた自転車とすれ違う。
犬ぞりの逆バージョン?
なんてことのない小さなオフィスだが、
電話番号を見て、うれしくなる。テルアビブの市外局番は「03」。東京と同じだ。
まもなくDizengoff Centerに到着。1996年3月4日、このショッピングモールで現在ガザ地区の実権を握るハマスとジハードが共同で自爆テロを決行。13人の尊い命が失われた。
Dizengoff St.を進み、
Dizengoff Circleの下では、
青空市が開かれている。


サークル中央にある噴水。
このサークルのまわりは、白いモダンな建物が多い。






1920年代から1950年代にかけてテルアビブが発展していく過程で作られたドイツ発祥のバウハウス(工業的モダンデザイン建築)が集中して作られたエリア。
世界でもユニークな町並みとして知られ、家の色から「白い街」と呼ばれる。2003年にユネスコ世界遺産にも選ばれた街だが、日本人の僕が見る限り、日本によくある「団地」にしか見えない・・・・
  1. テルアビブの白い都市 - Wikipediaja.wikipedia.org/wiki/テルアビブの白い都市
    世界遺産, テルアビブの白い都市 - 近代化運動(イスラエル) ... それらの建造物はバウハウス様式あるいはインターナショナル・スタイルが採用されている。 テルアビブの中心地区では、いまだにそうした様式の建物を4000軒以上も見ることができ、これは一都市 ...
白い車では、よく目立つ砂ぼこり。これはエジプトから飛んでくる細かい砂が原因。
ホテルから自転車で2-3分くらいの場所にある歩道。
ここにもモニュメントが立っている。
この場所にあったカフェApropoでもハマスによる自爆テロが発生(1997年3月21日)。3人が死亡している。
パネルはヘブライ語のみなので、読むことができない。
再びDizengoff St.を進む。
普段どこでも見かけるオープンテラスカフェの横にある
この街路樹にもモニュメントを発見。
1994年10月19日に、この場所でも自爆テロが発生。ここでもハマスによるテロで22人の尊い命が失われた。
この自爆テロが発生した場所は、Dizengoffサークルと100mくらいしか離れていない。
ちかくで自転車屋さんを見つけた。
テルアビブのビーチを走る。

アメリカ大使館(奥の建物)のすぐ横にあるレストラン&バーMike's Place pubでも
2003年4月30日に英国籍のハマス活動家によって自爆テロが発生。3人が犠牲になっている。ギター型の慰霊碑が立つ。
ビーチ沿いを更にサイクリング。
続いて右手にある廃墟。もともとはイルカショーを行なっていたスタジアム。
ここにも慰霊碑が立つ。
2001年6月1日、ハマスによる自爆テロで21人が犠牲になった。
この慰霊碑もすべてヘブライ語なので、読むことができない。
すぐ近くには、カラメル市場がある。この市場でも2004年11月1日に自爆テロが発生。パレスティナ人民解放戦線によるテロで3名の死亡者、そして30名以上が負傷した。
この一角にあるFAR EAST MARKET(東西)は、イスラエルにある数少ないアジア食品を専門に売る店だ。
ここからネヴェ・ツェデク地区へ。
この辺りは、オシャレなお店や飲食店が多い。

こんなモダンなコンドもある。
ここからFLORANTIN地区に入る。
卸売業者が軒を連ねる商業地区。
業務用製品を仕入れるなら、便利そうだ。

このあたりは、イエメン人移民が多く住む地区でもある。
ここからすぐの場所に大きな建物がある。
セントラル・バスステーションだ。現在の姿は、新築された建物。昔の建物は、数度の自爆テロで破壊された。2003年1月5日に23人が死亡した自爆テロ、2006年1月19日には31人が負傷、同年4月17日に11人死亡(68名負傷)の自爆テロが起きている。
現在はショッピングモールも併設した巨大な商業地区に生まれ変わった。
バスステーションの前にある通りには、ちょっと怪しい露天商がたくさんいた。
カナダに住むイスラエル・カナディアンの友人Jから盗品がたくさん売られているので注意!と教えられたマーケットだ。
先入観をなくしても、確かにちょっと怪しい。
近代的なビルが向こうに見える。
オタワでは見られないお店が並ぶ。

園芸屋さんもあった。
路上のハトにエサを与えるのは、住人の習性なのか?あちこちの路上にエサがばらまかれている。
こんな光景とモダンなビル。
あっちこっちにこんなビルが点在するのが大都市テルアビブだ。
もしかしてテルアビブで初めてあった中国人かも・・・・・。話していた言葉が中国語だった。道を歩きながら、宗教めいたパンフレットを配っていた。それにしてもここテルアビブでは、日本人はもちろん中国人、韓国人すら見かけない。当然、日本人の僕はかなりの”外人”だ。
スターバックスなど日本でもお馴染みのカフェチェーンはない。そこで地元のカフェをチェック。とりあえずイスラエルで最大手のカフェチェーン AROMAへ。ヘブライ語表記なので、全く読めないが店舗の色で判断した。
Aroma Tel-Avivwww.aromatlv.com/sitefiles/2/4113/28884.asp
このページを訳すAroma is an international espresso bar chain with branches in Israel, Europe, United States and Canada. Aroma, which was founded in Israel, is currently Israel's leading espresso bar chain. Aroma began operating in Tel Aviv in the year 2000 ...
店内に入ると、北米でも見ることができるおなじみの店内。ただしメニューはすべてヘブライ語。メニューが読めないので、英語で店員に「デカフェ」はありますかと聞く。答えは「ケン!」。英語でYesという意味だ。
デカフェ(大)の値段は、14シュケル(400円弱)もする。カナダなら半額なのに・・・・。
ネットも使えるので、作業場所として使えそうだ。
作業を終え、ホテルで休憩。夜、お腹がすいたので、外出。
とりあえず簡単に済まそうと中東版ファストフードの店へ。店名が読めないので、写真のみ。
大忙しの店内。現在の時間は夜21:30。オタワならとっくに閉店の時間だ。
メニューは英語表記もあるので、助かった。
注文したのは、ShawarmaのPita(28シュケル)。これで800円弱。物価の安い日本を思い出すと辛い・・・・。
夜はあちこちにこのような露店が出没。オタワにはないナイトライフが存分に楽しめそうだが、あいにく僕は夜が苦手だ。
夜のDizengoff広場。噴水にある白地に赤い丸が日本の日の丸に見える・・・・。
遠い祖国を思い出しつつ、今日はこれで終了。

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