チェ・ゲバラ(去年39歳)は、ここに眠る・・・。銅像の下にある文字は、「Hasta la Victoria Siempre 常に勝利に向かって」。
この記事は4月14日の内容です。
今日の朝食は、ロビーにあるバーで。現在の時刻は朝6:00。特別に用意してくれた朝食をとる。
ホテルでは、CNNなどアメリカのニュースが放映されている。この宣伝は、CNNニュースの合間に報じられたもので、内容は外国語学習の教材販売CM。スペイン語とフランス語、そして中国語の教材を販売している。朝6:30、時間通りに車が迎えに来てくれた。キューバ人が時間ぴったりに来るとは・・・。今日から一泊二日の観光ツアーに参加。参加者が宿泊しているホテル(2軒)によりながら、計6名+ドライバー+ツアーガイドでドライブ開始。
高速道路では、馬車も走っているし、
ロシア製のLADAも走っている。
1時間くらい走ったところで、トイレ休憩。
休憩スポットには、観光客がすでにたくさんいる。
トイレの前に座る老婦人。ここでチップを受け取り、トイレットペーパーを貸し出している。
ダイナミックなサボテンの植え込みがあった。
再出発。高速道路では、馬に乗る人も通行する。
そしてヒッチハイカーもあちこちで見る。僕らが乗っている車を見ると、みな親指を立てて、アピール。
僕らの車のナンバープレートは青色なので、もしだれも乗っていなかったら彼らを乗せなければならないルール(法律)がある。
広い畑?の向こうに日本の学校のような建物がうっすらと見えた。ガイドによれば、あれはかつて学校として利用された建物。キューバの若者を1ヵ月間ここで泊り込みの教育(農業研修+学業)をしていた。現代では、さすがに時代にそぐわないとしてこの制度を廃止。
ハバナを出発して2時間。右手に工場の煙突が見える。
そして道路標識にはAustraliaの文字。ここを右に曲がると、オーストラリア精糖工場がある。かつてここにアメリカで訓練を受けた元キューバ人で構成された軍隊が上陸し、キューバ革命政府転覆を試みた(ピッグス湾事件)。詳しい紹介をしているブログはこちら。
広大なサトウキビ畑が広がるエリアをひたすら走る。
この男性がガイド。流暢な英語でおもしろ可笑しくガイドをしてくれるので、長時間ドライブも問題なし。「留学をしたの?」と聞くと、「学校で学んだ」との返答。母国語のスペイン語はもちろん、英語、フランス語、イタリア語もできると言っていた。
ドライブ中、前方でタイヤを運ぶ男性らを発見。車は左車線に入り、難なく通過。
そして数分後、タイヤが脱落したトラックが走行していたので、ガイドが声をかけるとトラックが停車。
先ほどのタイヤは、このトラックから外れたものだった。タイヤを多く持つトラックは、タイヤがひとつ脱輪したくらいではドライバーが気が付かないことが多い。
そのほかにも高速道路では、いろいろなことが起こる。突然、車道に出てきた男性は、
物売りだ。
黒い排煙を大量に噴出すトラック。あたり一面、排気ガス臭に包まれる。
このヒッチハイカーは、右手に札束をチラつかせながらのアピール。
ふたたびサービスエリアで停車。
先ほどとは、比べ物にならないくらいの近代化されたステーション。
ただし売っているものは、なんだか寂しい。
激”甘”そうなケーキも販売中。
出発してから数十分後、路肩に何か見える。
よくみると、石を並べたゲバラの肖像だ。
更に進むと、ゲバラの写真付きサインボードがあちこちにある。
この辺りの民家。
広い路上に車を停め、徒歩移動。
広くて整備された舗装道路の向こうには、一般住居が広がる。
まるでバラックのような家並みだ。
右手には広大な広場。
左手には、高い柱の上に大きな銅像が立っている。ここがチェ・ゲバラ霊廟 Monumento Ernest Che Guevaraだ。
裏側に回る。
裏からこの霊廟の中に入る。この霊廟の中は、撮影禁止のため写真はない。ゲバラは1967年にボリビアでのゲリラ活動の最中に捕らえられ、10月9日に処刑。没後20年を記念して1987年にゲバラの銅像と同じく戦闘で亡くなった38名の遺骨が納められた。
この霊廟が建てられた場所サンタ・クララは、キューバ革命で勝利への突破口が開かれた記念すべき土地。
その後、1997年にボリビアでゲバラの遺骨が発見され、フィデル・カストロの手でこの場所にゲバラの遺骨が納められた。
ゲバラの遺骨とともに、この霊廟にはゲバラの幼少時の写真や所持品を展示している博物館も併設。
銅像の周りには、モニュメントが多数ある。
キューバ革命戦争での激戦地が★印でマークされている。
スペイン語で書かれているので、詳細は不明。
銅像だけでも高さ6mを超える高さ。
ゲバラは、進軍してきた山並みを見つめる。
医学を学び、革命家として活動したゲバラに功績は、なんと言ってもキューバの医療事情。男女の平均寿命は78歳でアメリカとほぼ同じ。発展途上国としては、異例の高寿命国だ。
ゲバラが目指した社会は、皆平等の社会主義。彼は「列強諸国の生活水準は、極度の貧困の上に成り立っている」の言葉を残している。それは現代では”列強諸国”における国内問題でもある。
ゲバラ像の前には、広大な広場。
広場の端まで移動。
ここが広場の端。
霊廟の周りにある民家は、ボロボロ。
牛が草を食べ、
子供たちが遊ぶ。
端からゲバラ像を眺める。
チェ・ゲバラ霊廟のその他の写真>> https://picasaweb.google.com/109343164122809862992/20130414chemomorial
次へ続く・・・・
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