坂の街ハイファを散策!!座間市を思い出しながら坂を下る散歩道/隠れた作品を探しながらストリート・アート通りを歩く/優しいおばあちゃんが経営する小さなサンドイッチ屋さんは地元では有名な超人気店 Ha Sandwichim shel Bracha /Very Israel !! 鉄道博物館別館で展示されている写真も破壊と戦争の内容ばかりです - Today→Tomorrow

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9/20/2013

坂の街ハイファを散策!!座間市を思い出しながら坂を下る散歩道/隠れた作品を探しながらストリート・アート通りを歩く/優しいおばあちゃんが経営する小さなサンドイッチ屋さんは地元では有名な超人気店 Ha Sandwichim shel Bracha /Very Israel !! 鉄道博物館別館で展示されている写真も破壊と戦争の内容ばかりです

イスラエルの街でよく見かけるストリートアート。どれも楽しくて美しい作品ばかりだが・・・・。なぜ、お店のショーウィンドウは”酷い(ひどい)”のだろう??

これは8月27日の内容です。

鉄道博物館の本館を見た後は、別館に移動。
 この奥に入口があるのだが、
 どうやらこの左の扉が入り口らしい。
 中に入ると、なかなか立派な展示ホールがある。おじいさんが一人で本を読んでいた。とりあえず本館で買った入場券を見せる。英語はまったく通じない。
 壁の周りに写真がたくさん展示されている。
 イギリス軍に破壊されたトルコの列車。やはりここも、接収や破壊などにまつわる写真ばかりだ。
  1925年のパレスチナ鉄道の路線図。赤い線が通常のゲージ幅(線路と線路の間の幅)、青が105cmと非常に狭いゲージ幅の路線。イスラエル北部にあるアッコーからエジプトのスエズ運河までの路線図。
  幾つもの経済的なトラブルにもかかわらず、イスラエル鉄道は鉱物資源の運搬のためネゲブ砂漠まで路線を伸ばす。下の写真は、路線開設記念の祝典。
 下の写真は、ネゲブ砂漠の玄関と呼ばれるベエル・シェバに到着した一番列車(1956年)。
 下の新しい車両は2001年に陸揚げされたスペイン製のディーゼル電気機関車(テル・アビブの南部にあるアシュドッド港)。
 駅の備品も多数展示中。
 赤い機器(イギリス製)は、単線で正面衝突を起こさないようにする運行システム。
 列車の運行ダイヤ管理は、当然ながら手動。
 手動の信号機切替器もある。
 この古い写真は、ヤッフォ港の光景。船から直接、鉄道に荷物を乗せられるようになっている。
 テル・アビブ南東に位置するラムレに建てられたヨーロッパスタイルの駅舎。イギリス統治後期の1946年に爆破されてしまった。実にイスラエルらしい・・・・。
 ヨルダン渓谷付近の海抜を記す看板。
  テル・アビブ中心部(上)からヤッフォ港(下)まで幅60インチと非常に狭いゲージの線路が1927年まで走っていたらしい。
 シナイ半島を横切って、パレスチナの最前線に向うイギリス軍。鉄道と馬で移動中。
 シナイ半島では、頻繁にこのような衝突事故が起こっていたそうだ。
 1930年にハイファ東駅で働いていた鉄道マン。
 いかにもアラブな鉄道交換員。
 そしていかにも仕事に厳しそうな信号マン。
 彼は鉄道警備員。
 隣の小さな部屋には、
 鉄道建設に欠かせない測量機が展示中。
 これは経度と緯度を測る装置。
 さらに奥に小さな部屋がある。
 壁には、小さな切手が多数展示。絵柄はもちろん鉄道だ。
 写真入りの通行書。
 そしてイスラエル鉄道のバッチ。
 そして今はなきパレスチナ鉄道もある。
もしイスラエルと周辺諸国が友好国だったら、今はなき鉄道路線は破壊されることはなかっただろう。もし現在でも路線が残っていたら、南はエジプトのアスワン、北はレバノンの通過してトルコのイスタンブールまで。そして、そのままヨーロッパ各国まで鉄道の旅ができただろう。

なんだかため息が出る・・・・・

イスラエル唯一の鉄道博物館は以上。博物館を後にして、再びハイファのダウンタウンへ移動。
ハイファには、イスラエル鉄道の他にも鉄道が走っている。この広場に駅がある。
 ここが駅の入り口。ちなみに駅名は、パリ広場駅。
 地中深く潜り、まもなく鉄道車両が見えてきた。
 これがイスラエル唯一の地下鉄Carmelit。一見、普通の地下鉄のようだが・・・
 車内にも階段がある。始発駅のパリ広場駅から約10分(片道2Km)で、
 終着駅のガン・ハ・エム駅に到着。ホームに降りると一目瞭然。この地下鉄はまるでケーブルカー。
 列車の運行はケーブルカーそのもの。このケーブルが車両につながっていて、引っ張る形で車両が進む。
 ガン・ハ・エム駅はカラメル山の丘の上にある。駅近くでカフェを探したが、
 結局、いつものカフェチェーン店アロマで休憩。パソコンを開く。
 駅の近くにも日本食レストランがあった。
 丘の上にある大きなホテルDan Panoramaの下にも、
 日本食レストラン。名前は、「津波」と書いて「東海」と読むらしい。東海地震を連想させる名前は、ちょっとよろしくない気がする。
 丘の上に登ってきたので、
 ところどころで見える景色が非常に美しい。湾にそって向こうにあるアッコーまで見える。
 まるで”いろは坂”のようなカーブ道路。
 その横にある階段を使って丘を下りる。
 細い小路をゆっくりと歩くのも楽しい。
 この坂の具合や、まわりの住宅がまるで日本の郊外都市のようだ。
 さらに下り坂の細い階段が続く。
 斜面にそって住宅が並ぶ。
 どんどん下りる。
 楽しい散歩だ。
 車道と
 細い坂道を繰り返しながら、丘を下りる。
 なんとなく、座間市(神奈川県)の立野台周辺を思い出す。
 なんとなく座間市の雰囲気に似ている。座間までは、ここから直線距離で約9098kmの距離。
 大きな通りに出ると、坂道は終了。この建物は、シナゴーグ。
 この特徴的な飾りが、メノーラーの形をしているのですぐに分かる。
 街を歩いていて、たまに青いパネルがついている住宅を見つける。
 これだ!これはイギリスのロンドンで見かける青いプレート同様、著名人が住んでいたことを表している。
この家には、ハイファで初めてのユダヤ人内科医のひとり(Dr. Yitzhak Izkovitch 1890-1980)が住んでいたそうだ。彼はイスラエル医師会(IMA)の創設者の一人でもある。
 この普通の集合住宅にも青いパネルが付いていた。1936年にRaoul Wallenberg氏が住んでいた住居。1944年にスウェーデン政府の外交官としてハンガリーに派遣され、何千人のもユダヤ人を救った。1945年にロシア人によって逮捕されて以降、行方不明になっている。
 これはいったいなんだろう?募金箱だろうか?ヘブライ語なのでわからない。
 住宅街の小路に入る。
 右の家にも青いパネルがあった。ここはHadar HaCarmel Committeeと呼ばれる団体の建物だった。この団体はユダヤ人コミュニティのひとつで、地域開発や水の供給、教育文化の促進、そしてイギリス統治時代に地域を代表して交渉などの役割にあたっていた。
 住宅地の真ん中にある公園は、
 ビンヤミンガーデン。近所のおじいさんとおばあさんがひなたぼっこをしていた。
 もちろん、猫もいる。寒すぎてオタワ(カナダの首都)にはいない野良猫を、イスラエルではどこでも当たり前のように見かける。
 「地球の歩き方イスラエル」でノルダウショッピングモールとして紹介されていた通り。
ビンヤミンガーデンとノルダウショッピングモールの位置は下を参照。

大きな地図で見る
ロシア人移民が多いのか、やたらロシア語の看板を目にする。
普通のストリートで、特に何かあるわけでもなかった。
この噴水を右折。
すぐそこにHerzl通りが見える。
そのとおりの手前で営業する花屋の露店。
そしてHerzl通り。こちらの方がずっと賑やかだが、、、、
イマイチなお店がずっと続く大通りだ。
歩いて10分くらいで目的地に到着。
一見、見過ごしてしまうほど小さなお店Sandwich Bar。
小さなお店に70歳は優に超えていると思うおばあちゃんが一人で切り盛りする小さなサンドイッチ屋さん。
  1. Ha Sandwichim shel Bracha/Bracha's Sandwichs Restaurant ...www.tripadvisor.co.uk › ... › Haifa › Haifa Restaurantsこのページを訳すShabtai Levi 12Haifa, Israel ... A great Sandwich bar with a retro atmosphere and the best un-kosher sandwich you can get in Israel. Bracha makes almost every part of the sandwich by hand: bread, pickles, mayo and more. Was this review ...
壁には、このお店とおばあちゃんの新聞記事がズラリ。実はこのお店、ハイファで一番美味しいと言われる地元で人気のサンドイッチ屋さん。
とてもシンプルなサンドイッチだが、確かに非常に美味しい。なんとも言えない手作り感のあるサンドイッチは1食の価値は十分にある。メニューはすべてヘブライ語だが、優しいおばあちゃんは片言の英語でメニューを教えてくれる。
おばあちゃんのお店の横の階段から下へ。イスラエルの街にはストリートアートがところどころにあるが、この道はそれが特に多い。

良く見ると、あちこちの壁に絵が書かれている。
これを見て、オタワを思い出した。ちなみにこの場所からオタワまでは約8926kmの距離だ。日本の座間よりも少し近い距離にある。地球は思っているよりも小さく感じた。
その他のアート作品
階段の真ん中にもある。
良く見ると、アートがあちこちに隠れている。

このアート通りをしばらく港に向かって散歩する。

この通りの終了地点にある壁。そこにもアートがある。


通りを挟んで斜め前の建物にも。
2階と3階は空き家なのだろう。窓に水玉が書かれている。
さらに100m先にも。

これは花屋さん。
港付近まで到着。後ろを振り返ると丘の中腹に、
バハーイー教の美しい建物が見える。
世界遺産にも登録されている庭園も見えた。
港にあるあの目立つ建物を目指して歩くと、
その建物の手前にあるのが、ハイファ中央駅。
時間は18時ちょっと前。ホームで列車を待つ。
2階建て列車は行き先が違うのでパス。
次に来た列車も行き先が違う。何ともユニークな”顔”を持つ列車だ。
テル・アビブ行きの列車が到着。残念ながらごく普通の客車だった。
ただし車内は快適。
列車は静かに出発し、まもなく今日の午前中に見た潜水艦の横を通過。
ホフ・ハ・カラメル駅近くに到着。
ここにはアメリカの大手IT会社が進出している。Googleもこの場所にある。
ビジネスエリアと住宅エリアを超えると、左にはカラメル山。
小高い丘の斜面にある集合住宅。
このような景色がしばらく続き、
ハイファを出発して一時間ほどで、だんだんとモダンなコンドミニアムが増えてくる。
降車駅の Tel Aviv Ha Shalom駅はすぐそこだ。

この駅からイスラエルの自宅までは徒歩15分。イスラエルに来てからすでに一ヶ月が経ち、すでにイスラエルを外国だと感じない自分にふと気がつく。

「まさか人生の一部をイスラエルで暮らすとは思わなかった。」 そんなことをしみじみと考えながら、家路を急ぐ。


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