国会議事堂正面右側にある5人の女性の銅像。
パーラメント・ヒルには、マクドナルド初代首相やノーベル平和賞のピアソン首相を始め、カナダ政治史に名前の残る政治家たちの銅像が幾つも立っています。
そんな中で明らかに一風変わった5人のおばちゃん達のこの銅像。
一人のおばちゃんが誇らしげに掲げている新聞には大きく「Women are Persons!」と書かれ、それを他のおばちゃん達が嬉しそうにみつめています。
何事かしらと、横にあった銅版を読み始めると・・・思わず涙が出そうなくらい感動してしまいました。
カナダのいわゆる独立記念日は1867年7月1日。この年、British North America Act 1867を持って自治領カナダ政府が発足します。ちなみにカナダが外交権を持ったのは第一次大戦後の1926年、英国と対等な国として実質的な独立を果たすのはそれから更に5年後の1931年(英国議会によるウェストミンスター条例に基づく)です。
話がそれましたが、要は、当時のカナダ政府のいわゆる憲法といえば、1867年のBNAAだったわけです。で、その憲法の解釈として、当り前のように、Women are not personsだったのです。なんと。
Women are not personsだと何が起こるかというと、簡単に言うと、公職に就けない。
5人のおばちゃん達は、当時、社会の中で様々な活動に取り組んでいた人たちでした。
そのうちの一人、椅子に手をおいて一人で立っている銅像の女性は、アルバータ州の女性判事でした。
彼女は英連邦史上初の女性判事。その職に就く際にも同僚男性判事から「女性を任命できるのか。Women are not personsだ。」とちゃちゃが入った。けれども、アルバータのことはアルバータで決める、ということができたので、アルバータ州の裁判長は彼女の判事任命は覆さなかった。
しかし、この出来事が彼女のスイッチを入れたのでしょう。
女性は、選挙で選ばれる議員にはなれるけれども、任命職の判事や上院議員にはなれない、と言われていました。
彼女は女性初の上院議員になるべき人物であると名前があがっていました。
全カナダで署名運動も起きました。
しかし当時の首相は、「任命したいのはやまやまなんだけれども、憲法解釈上Women are not personsだから、できないんだよ」という。
そこで彼女はWomen are persons or notを争い、カナダの最高裁に訴えます。
これが、Person's Case。
憲法解釈を訴えるには、一人ではダメで、5人以上でないと提訴できない。
そこで彼女が声をかけたのが同じアルバータ州でそれぞれ地方議員や今でいうsocial workerや作家などの立場で、社会の中で、女性として、問題意識を持って頑張っていた仲間たち。
この5人が「Famous Five」。銅像の女性たちです。
1928年、最高裁はWomen are not personsであると結論を出しました。
しかし彼女たちはめげることなく、英国の枢密院に訴えます。(当時まだカナダは独立国ではありませんでしたから。)
そして英国の枢密院が翌1929年に出した結論がWomen are persons!だったのです。
その後、結果的には、Famous Fiveの誰も、上院議員には任命されませんでした。
しかし彼女たちの一歩も退かない態度が、これまで1ミリも動かなかった憲法解釈の変更をもたらし、上院議員のみならず公職への女性の道を拓きました。
Women are persons!という、当り前であるべきことを勝ち取った時の彼女たちの、当時のカナダの女性たちの嬉しさを思うと、胸に迫るものがあります。
女性だって男性と同じように社会をより良くするために貢献したいと考えている。その道が閉ざされているのはおかしい。そう思って団結して頑張っていたこの5人の素敵な女性たちを議事堂の丘で顕彰しているカナダという国も素敵だと思ってしまいました。
長くてすみません。
W
http://www.abheritage.ca/famous5/index.html